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プロフィール

プロフィール

伊藤 剛史

私がこの業界に入ったのは平成6年。アウトドアウェア・メーカーのサラリーマンから、母方の祖母が経営していた呉服屋への転身でした。それから18年が経とうとしています。 平成13年には経営者として独立し、16年に現在の店舗を計画、18年に完成いたしました。

私は当初から、「自分のデザインした着物を、一流の職人と作り販売したい」と願っていました。そのきっかけとなったのが、京都の染匠との出会いです。そこで京友禅の素晴らしさを知り、魅了されたのです。また当時、紬の専門店は既に存在していたこと、絵を描くのが好きという理由も重なり、京友禅一本に絞った専門店になることを決心いたしました。 そのときのもうひとつの決めごとは、私自身に実力をつける意味で、どんなに良い物が出来ても、同じものは作らないこと。それは現在も変わりません。

それから約6年間、毎月一週間ほど京都に通い、いろいろなことを勉強させていただきました。そして、本物だけを作りたいという思いから、多くの染匠の方とともに物作りをしてきました。 そんな中で、京友禅のさまざまな問題点が見えてきました。

まず驚いたのは、着物の構成デザインはメーカーや問屋が物を作っているわけではなく、悉皆屋(染匠)が作っているということです。そして染匠が抱える職人によって、商品のレベルがかなり変わる=染匠が持つ問屋でも違いが出る、ということです。 次に、消費者が何を求めているのか、理解していない。 デザインに対する私の考え方は、以前の会社(アウトドアウェアのMD)の影響で「マーケティング」が基本です。その観点からいえば、マーケティング不在の物作りは、想像の域を超えていました。 そして、最も深刻な問題が後継者不足です。今はほとんどの方が一人でやっており、平均年齢も60歳以上です。 このままでは、あと数年で良い物=本物が作れなくなり、クオリティーが落ちるのは必定です。これは不二屋としても、非常に由々しき問題と捉えています。

こうした現状を打開するには、呉服業界に改革が必要です。 ある下絵屋の職人がこう話していました。「3、40年前は、○を描けと言われ、反対に×を描いても売れたのだ」と。 この時代は何でも売れたので、訪問着には全体に古典絵柄を描くようになり、その結果、職人も実入りも多かったようです。 しかし現在は景気も悪く、高価な着物を着る方も減少しています。他方、新しい世代のセンスある方、特に40代の方を中心に、日本の文化や歴史を見直し、親しもうという流れも見え始めています。 そんな背景があるにも関わらず、この業界は以前と変わらず、プロデューサー・MD・デザイナーは存在せず、改革もなされていません。

現在のセンスある消費者は、詰め込み描かれた古典柄より、シンプルでモダンなデザインのほうが好まれています。しかし業界の方々は、単に以前の柄を少しずつ削る作業しかしておらず、これではデザインしているとは思えません。 私自身も、柄の多いデザインよりもシンプルな方が素敵だと思います。ではシンプルで美しいデザインとは何なのか。私の着物におけるデザインの考え方をお話ししましょう。

基本的な考え方は「シンプル=自然」です。 「そこに柄があって、しかるべき存在であること」 「着物はファションであり、民族衣装である」 「着物は着るのではなく、まとうのである」 「着物にはディティールが存在しない」 それ故に、古典の柄をつけたデザインだけでは通用しないのです。

具体的には、まずデザインする上で重要な点は着姿であるということです。それは、手足の長い今の人は帯から下、上前の柄が大事と考えるからです。それと同時に、前オクミから後ろオクミでの流れる絵柄も大切です。 普通、オクミより上前の柄に柄の中心を持ってきますが、帯下が長い現代人のスタイルを考えると、上前よりオクミに中心をもってきた方が、上前に「間」ができ、よりシンプルで、流れが綺麗になります。

帯は、隠れてしまう所にも絵を描くことにより、のびのびした流れのある絵にしています。それは、締めた時にも見えない柄の奥行を感じられる、想像という思考の「間」が重要だと考えているからです。このようにしてデザインされた帯は、締めない時も見て楽しめる、まるで掛軸のような作品になります。 さらに新しい「京友禅 袋帯」は、絵巻物の様に横の柄になっていて締めるとお太鼓柄は縦になるという柄付けになっています。 この袋帯で重要なのは生地。何度も試行錯誤して出来上がった最高の友禅袋帯だと自負しています。

またシンプルな柄は、生地からデザインしないと成り立ちません。最近は生地の重要性を無視し、安い生地を使い、安い加工で安易に柄を乗せているデザインも多く見受けられます。 極言すれば、シンプルとは「空間」をデザインすることです。上前の柄の位置が極めて重要なのはそのためです。 それが、いま消費者が求めている新しい着姿の流れなのです。 すべてに最優先させるべき重要なことは、空間とバランス、そして生地なのです。

 

しかし先人が描いた古典柄は、現代の日本人には超えられません。それほど素晴らしいものです。 それらは、この500年の歴史をもつ京友禅の歴史を受け継ぐ職人だからこそ再現できるのです。 その偉大な職人がいる限り、私は本物にこだわった、より多くの作品を残したいのです。 本物の職人の減少とともに、本物の手描き京友禅も消えようとしています。もちろん着物はファション商品という側面もありますが、いま大切なことは、日本人としてこの民族衣装の物作り文化を伝えなければならないということではないでしょうか。 消費者のニーズを把握し、モダンなデザインを施し、一流の職人技で作り上げ、後生に伝える。そのためには新しい京友禅をプロデュースする必要がある。 私は、それがこれからの手描き京友禅の道だと信じています。

 <袋帯> 絵巻物流水牡丹
不二屋が産みの親である絵巻物柄の帯。横に柄が描かれており優美な袋帯です。